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小池昌代の感光劇場(2)-「箱」




ナイン・ストーリーズ・オブ・ゲンジ
 私的なベスト3は、第三位・金原ひとみ。若夫婦・光と葵が直面する葵の出産。怖い。ごく普通の出産が、物の怪なんかよりずっと怖くてリアル。葵のマタニティー・ブルーを、光は理解できない。ごく普通の愛し合う夫婦なのに。男と女はこうして千年わかり合えずにいるのだとリアルに感じてしまう。胎児の性別を聞いて、なぜかパニック状態に陥り、光に悪態をつく葵に対して光のかける言葉が「葵、やめなよ。赤ちゃんに聞こえる」。千年経っても男はこういう無神経さをさらけ出す。
 第二位・桐野夏生。女三宮が過去を振り返る。かつては光源氏と言われた貴公子だった六条院様は“祖父というには早いですが、歳を取り過ぎて”いて、女三宮は“幼い時の紫の上様”と比べても“今の紫の上様”と比べてももの足りなく思われ、“六条院様に何度も叱られ、貶され、しているうちに、自信のない縮こまった”気持ちになる。老いて嫌みったらしく、嫉妬深くなっていく光源氏の描写は秀逸で、驚くばかり。みごとな黒源氏だ。
 そして第一位・町田康。ファンの欲目を差し引いても、すごすぎる。末摘花に対する源氏の思い込みや妄想が町田節で展開するのだが、もう本当にこの人の日本語は凄いです、一字一句めちゃくちゃおもしろい。読んだそばから読み返します。末摘花の琴を他の部屋で聴いていた源氏が、命婦に「もっと聴きたいんだけど。っていうか、向こうの部屋で聴きたい。襖越しだと音がミュートされてよくわかんない」と言うと、命婦が「でもどうでしょうか。こういう貧乏な生活してるから服とかもあれだし、いま紹介するのって向こうに逆に悪い感じがするんですけど」と答える……ああもうっ、絶対読んでほしい。源氏や頭中将の嫌らしさも絶品で、ラストはなぜか一気に虚無的に。最高。
 あれ?気がつくと、嫌な源氏ばかりがおもしろい。原典がとにかく源氏はベリークールって刷り込みだから、少し食傷気味だったのかも。

 

屋上への誘惑 (光文社文庫)
小池昌代さんのエッセイ集である。
90年代〜2001年まで時期的に、かなりばらつきがあり、テーマも統一されていない。どれも3ページから6ページほどの短いエッセイ。コラムという姿のものもあれば、書評みたいな恰好をしているものもある。詩が紹介されるものもある。

とにかく雑多である。それがとてもいい。
小池さんの詩が、深いところから来る言葉だとすれば、彼女のエッセイは、迂闊な自分をゆるしてくれそうな言葉が並んでいる。つまりは読みやすい。

彼女の詩は、理解されることを警戒している。これらのエッセイにはそれがない(と信じたい)。だから、安心して寝るまえに読める。

彼女の詩は、寝る前に読んだらたいへんなことになる(かもしれない)。寂しくなるから。本当はこれらのエッセイにもたくさんのサミシサが転がっている。でもそれはホオズキくらいの大きさなので、いくつでも食べられる。

よくわからないレヴューになってきたが、このエッセイは、やっぱり、小池昌代の作らしく、胸をきゅっと刺激した。

 

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